海外一人旅が人を成長させるってどういうこと?

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20年ほどあちこち旅をした経験から、旅が自分に与えた影響を考えてみたいと思います。よく自分探しの旅っていうし、何か良いことがあるのかもしれないから旅をしてみようかと考えているんだけど、具体的に旅をすると何が良いんだろう?と考えている人の参考になればと思います。

海外一人旅が人を成長させるってどういうこと?

旅は確実に人を成長させます。僕の持論では、一味違う人、深みのある人、活躍している人、は人生のどこかの段階で必ず旅をしています。これは人が成長していく上で必ず必要なレッスンのようなものだと思います。

一方で旅をするのは現実逃避だという人もいます。それは自分にとっての現実(日常生活)は絶対に変えられないもので、他人にとっての現実(例えばブラジル人の日常生活)は我々には全く関係のないもので参考にすらならないという考えがあるからです。

例えばブラジルを旅した人がとてもブラジルを気に入り、ポルトガル語を勉強してブラジルに移住したらどうですか?意外と現実(日常生活)は変えられるものなのです。そんな人は世の中にいないと思いますか?どこの国にもたくさん日本人はいますし、移住しなくても他国のライフスタイルや価値観を取り入れて日本で生活している人もたくさんいます。

こうしてみると旅は現実逃避というよりは他人の現実を見てくるということなのです。それを参考にして自分の現実をカスタマイズするか、そのまま自分の現実にしてしまうかはあなた次第です。

それでは今まで僕が20年の間にしてきた旅で、一体何を学んできたのかを書いてみようと思います。

自分で決断して行動すること

旅をするときは目的地や交通手段、その日1日何をするのかを全て自分で決めます。そうでなければどこにも行けませんし何も出来ません。自分で選んだ目的地が面白いときもあれば、そうでもない時もあります。面白ければ、やっぱり俺のカンやリサーチは正しかった、と思うでしょうし、失敗したらなぜ失敗したのかを考えて、今度はもっとこういう所に行こうと思うでしょう。

人間は自分で決断して自分の意思で行動するように最初からデザインされています。自分で決断することが許されていない状況は奴隷状態です。単純に自分で決断して行動することは楽しいので、純粋にそれを楽しむというのは旅を楽しむ第一歩だと思います。

旅をすれば、自分に合った良い旅にするために常に自分で決断して行動するようになります。もう一度言いますが、自分で決断して行動する、これは生きていく上でとても大事なことだと思います。

人との出会い

旅をしていると色々な人に出会います。一人旅がいいのはこの出会いです。複数人で旅をすると楽しい反面どうしても仲間内の世界が移動している感じになって、外の世界との接触が減る感じがします。一人であれば色々な人が話しかけてきますし、同じ一人旅同士で行動を共にすることもあります。

他の旅人から得た観光地やレストランの情報から自分の予定を変えることもあるでしょうし、出会った人の人生や価値観が気に入れば知らないうちに自分の生き方に反映させることもあるでしょう。ということは、自分の人生の行き先が少しづつ変化するということになります。

普段生活していても色々な人に出会いますが、そういう人達が自分に与える影響というのは少なくありません。旅をしているとそういう出会いが短期間のうちに濃厚に味わえるわけですね。

誰でも良いから猛烈に話したくなるという経験はありますか?長く旅をすれば孤独にもなりますから、普段は全くそんなことは思わないのに猛烈に誰かと話したくなるということがあります。そういう時に時々天使のような人が現れます。自分の不安を解消してくれたり、一緒に楽しい時間を過ごしてくれたりするわけですね。僕も時々そういう人達に出会ってきたのですが、そろそろ天使の側になっても良いかなと考えています。

色々な人の話は夢や希望に繋がる

旅先で本当に多種多様な人達と色々な話をしました。それは、「俺にはイギリス人の彼女がいるけど、お前の彼女はどこにいるんだ?」と暗に彼女がイギリス人だということを自慢しているマレーシア人のホテルの受付の男の場合もあれば、30歳を超えて映画監督になる夢をかなえるために映画学校へ行き始めたオーストラリア人の男性だったり、求人サイトを運営しながら仕事を全てクラウドワーカーに丸投げして、自分は悠々自適に東南アジアの国々を数カ月おきに移動して生活しているカナダ人の男性だったり、バリ島で就職してmotoGPを見るためにマレーシアを訪れているロシア人の男性だったり、旅先で働きながら10歳の息子を連れて旅をしているドイツ人の女性だったり、バリ島で子供三人と暮らしながらカンボジアに作ったツリーハウスの宿をネットを使って経営しているノルウェー人だったり、はたまた、ビジネスや恋愛に関連したワークショップを主宰しながらバリ島を拠点に色々な国で生活しているアメリカ人の女性だったり、バリ島とカンボジアにコワーキングスペースを3つ経営している、日本にも住んだことがあるアメリカ人の男性だったり、ツーリズムに関するオンライン・コミュニティを主宰しながらアフリカで生活しているフランス人の女性だったり、本当にいろんな人がいました。

こういう人たちの生活を目の当たりにしたり、いろんな話を聴くたびに自分も何かやらなければと思います。何にもないところから、しかも異国の地で自分でゼロから何かを築き上げていく人々は本当に凄いなと思います。大半はヨーロッパやアメリカ、オーストラリア、カナダなどのいわゆる白人の人達なのですが、彼らの底力と言いますか、発想の自由さと行動力は本当に凄いと思いますし、英語を共通語とした国際的なネットワークは日本人にはないものです。別に彼らが日本人を排除しているわけではなくて、単純に言葉が通じないから一緒に仕事が出来ないわけですね。だから英語が必要なわけです。

本に書いてあるようなただの物語なら、そんな人もいるのか、で終わりですが、こういう面白いことをやっている人達がリアルな人間として目の前にいて、しかも自分と話をしているというのが旅の凄いところなわけです。小説のように面白い生活をしている人が現実にいるということですね。

こういう話を直接聞くと、さて、残りの人生はあとどのくらいあるのか?人に話して面白いような奇想天外なことをどうやって成し遂げる?とあなたも考え始めるようになるかもしれませんよ。

交渉力

旅をしていると、誰かと交渉する場面があります。交渉すると状況が良くなったり、問題が解決したりしますから、意外と大事だったりします。交渉せずに黙っていると不利益を被ったり、事態が好転しませんからもったいないですね。交渉というとちょっと難しく聞こえるかもしれませんが、例えばホットシャワーが出ない等の不利益の分を値下げしてもらうとか、連泊するから安くしてもらうとか、そういうことです。こちらが何も言わなければ納得しているということになりますので、何か不満があれば言わなければダメです。

ちょっとした例だと、昔イギリスを旅しているときにあるホテルに入って一泊の値段を訊ねました。少し高く感じたのでもっと安い部屋はないの?と聞くと今言った値段をすぐに下げてきました。もっと安い違う部屋があるというわけではなくて、単純に値段を下げただけだと思います。最初の値段で決めてもらえば儲けモノで、安くしろと言われればいくらまでなら下げるというマニュアルが最初からあるのだと思います。

こんな感じで、交渉は別にやりたくてやっているわけではなくて、意外と交渉次第で好転したりしますから本当にやらないと損だなと思うようになりました。こういう感覚は日本にいても役立つと思います。

コミュニケーション力

こちらがコミュ力が無くても、コミュ力が高い人がたくさん話しかけてきますので、あー、なるほど、こうやって知らない人に話しかけるんだな、とか、こうやって話を発展させるんだな、とか、こうやってつまらない話を断ち切ってもっと面白い話に切り替えるんだな、とか色々と学ぶことがあります。

南米の人達、特に僕が接したのはコロンビア人とメキシコ人、それにブラジル人ですが、会話の最初に名前を訊ねて、その後も相手の名前を会話に入れて話をします。

こんにちは。どこから来たの?
そう、日本から来たんだ。名前はなんて言うの?
そうか、ノブアキか。
で、ノブアキはこれからどこに行くの?
ノブアキはどこに泊まっているの?

と、こういう感じです。

俺は名前なんか覚える必要がないような誰だかよくわからない奴と話しているんじゃなくて、君と話しているんだよ、ということをアピールしている感じで凄いなと思いました。

本当にバス停とかでのちょっとした会話であれば名前を聞くことはないかもしれませんが、何かのツアーで一緒になるとか、バスやタクシーである程度の時間を共有するときは名前を聞くことが多いと思います。

でも、これって南米の人に限らず、いわゆる白人の人もやる人はやります。逆に日本人は必要がなければあまり名前を聞きませんよね。聞いても上記のように、必要もないのにやたらと名前を会話に入れて呼ぶということはありません。

まぁ、これは文化の違いに近いのでしょうが、やはり日本人は素っ気なく感じる人が多いので応用してもいいように思います。こんな風に旅の途中でコミュ力高い人と話すことによって、コミュ力を上げる方法論を実戦で学ぶことが出来ます。これはコミュ力低い集団の中ではなかなか学べませんね。やり方が分かれば、あとは語学力と勇気次第ですし、日本人同士でも応用出来ると思います。

語学力に注意を払うようになる

語学は実際に使うことがないと勉強するモチベーションも上がりません。逆にこれは必要だと実感出来れば語学を学ぶ意欲も高まります。勉強すれば実際にメリットがあるわけですから。

僕の場合は英語でしたが、やはり英語がある程度出来るようになると世界を身近に感じることが出来るようになると思います。

例えば20年ほど前にニューヨークに行った時はあまり英語が出来ませんでした。ニューアーク空港を降りてから、意気揚々とアメリカの地に踏み出す筈なのですが、マンハッタン行きのバスのチケットを買うために英語を喋らなければならないのがとてつもなく面倒に感じて、1時間ほど空港の椅子に座っていたことを思い出します。

マンハッタンに到着後数日して友人に会いにワシントンDC行きの長距離バスに乗りたかったのですが、どこがバス停なのか良くわからず、誰に尋ねるでもなく彷徨い歩き、ここなのではないかという場所に2時間ほど座っていたのですが結局バスは来ずにバスに乗れませんでした。

このままではワシントンDCには行けないわけで、結局意を決してガードマンらしき人物に辿々しい英語で訊ねてなんとかチケットを買い、バスに乗る事が出来ました。

こんな感じでこんな簡単なことでも英語力が低いと大変なわけです。今思い返すと、英語の知識というよりは、早口で声の大きなアメリカ人に話しかける事が大変だったのではないかと思います。外人慣れもありますよね。そうそう、忘れていましたが、外国人慣れってかなりあると思います。外人慣れがあるかないかは、語学力に直結するのではないかと思いますね。

旅は外国語を学ぶ動機につながりますし、同時に外国人に慣れることも出来ます。語学自体は最近はネットで結構勉強出来ますが、外国人慣れは旅をするのが一番です。旅をすれば周りが全て外国人になるわけですから。

外国、外国文化への理解

外国を一人で歩いていると色々な事が目に入ってきますし、意外な常識も発見したりします。アメリカやオーストラリアでは靴のまま家の中に入りますし、スペインのバル(立ち飲みの居酒屋)ではゴミを床に捨てるのが普通です。いくつかの先進国では魚や動物の内臓は食べないのでゲテモノ扱いですし、メキシコ人の男の子には、メキシコには貧しくて小汚い中国人しかいないのでアジア人はみんなそういう人達だと思っていた、とオーストラリアで言われました。バリ島では交通ルールが無い代わりに、暗黙のルールで譲り合って事故が起きないようにしています。こんな風に場所が違えば常識や共通認識が変わるわけです。

逆に日本人も色々と思い込みがあります。例えば英語は常に直接的で敬語が無いとか、アメリカンジョークは大袈裟なだけで微妙とか、中国人は怪しくていい加減な人達ばかりとか、イタリア人の男は全員ファッショナブルで軽薄なナンパ師とかですね。

上に挙げたような事は、その国について知れば全部が必ずしも事実では無い事はすぐにわかります。例えばイタリア人の大半はそれほどファッショナブルでもない真面目な普通の人である、という事はテレビでは流れません。どうしてもジローラモのような面白い人ばかりが取り上げられるわけです。もちろんイタリアに行けばジローラモみたいな人はいるでしょうが、彼みたいな人ばかりというわけではないですね。メディアの情報だけを受け取っているとそういう極端な部分しか知り得ないわけです。

逆にフランス人には「日本人は健康食しか食べなくて、SMが好きなのでしょ?」と言われました。多分フランスでそういうテレビ番組でも見たのでしょう。日本食には沢山の揚げ物がありますし、ラーメンを健康食と考える人は少ないと思います。何も知らないというのはそういう事です。

こういう風に日本にいて日本でだけ情報を受け取っていると、かなり間違えた頓珍漢な認識で一生を過ごすことになります。僕の中には真実を追求するという一生をかけたミッションがあるので、事実と違ういわば幻想のような世界だけで生きていくというのは、ちょっとあり得ない感じですね。

世界の中での日本の印象が浮き出てくる

外国のことがわかり始めると、その対比として日本のこともわかり始めます。ずっと同じ車に乗っていれば特に何も思わないですが、試しに違う車を見てみたり乗ったりしてみると、そこで初めて自分の車の特徴がわかるわけです。

20年に渡ってあちこち外国を歩いたり住んだりした僕の日本の印象を書くとすると、小綺麗だけど、エネルギーが落ちている老人のような国、という印象です。日本は実際に老人がたくさんいる国なのですが、若い人も含めて国家全体が保守的で不寛容な老人という感じです。

テレビでは外国を旅すると日本の良さがわかるとよく言われますが、僕はそれはちょっと疑問です。人間に一番大切なのはエネルギー(やる気)だと思うのですが、それがちょっと無い感じです。実際に経済が良く無いというのも大きいですが、貧乏マインドも蔓延っているのも理由の一つでしょうし、なんでもかんでも危険だと禁止したり、マナーマナーと叫ばれて自由に振る舞えないような社会からはエネルギーは自然と無くなっていくのかも知れません。要するに何も出来ないわけですから。

もちろん人それぞれ住んでいる場所や接する人々で日本に感じる印象は違うと思いますが、まずは日本における自分の現実を知ることです。日本に住んでいるというのはどういうことなのか、もし不満であればどうしたら良いのか、ということですね。不満なら社会を変えるというのもありますが一生をかけた大仕事になります。別に社会を変えなくても、それに影響されない自分の生活というのは作れますので、まずは自分が何に影響されていて、何を欲しがっているのかを知ることです。

アイディアが得られる

色々な国で色々なものを見ていると、色々な面白いアイディアというのが見つかります。気持ち良さや快適さってなんだろう?とか、どうやって人々は繋がっていったら良いんだろう?とか、コミュニティーの運営の仕方とか、そういうアイディアがあちこちに落ちている感じです。より良い生活のためには創造性がかなり重要だと思うのですが、その創造性を刺激するためのアイディアがあちこちに落ちています。何かを自分で始めたいと思っている人は良い刺激になると思います。

自分の好き嫌いがわかる

旅とは、慣れ親しんでいない環境に飛び込んでいくということです。自分の慣れ親しんだ環境ですといい意味でも悪い意味でも慣れていますから、それはそういうものだとあまり好き嫌いは意識しないかもしれません。慣れていない環境に自分を置くと、とても好きなものが見つかれば逆説的に実はあれは嫌いだったんだな、と意識出来るでしょうし、逆にとても嫌いなものに出会えば、実はあれはとても好きだったんだなと実感出来るわけです。

例えば、今まで見たことがないような素敵なデザインのヴィラに泊まって天にも登るような素敵な気分になるのであれば、実は自分はデザインが好きで、素っ気ない今の自宅は好きじゃないんだ、ということがわかるかもしれません。

逆にどこかのホテルを予約する時にメールしても返事がもらえず、チェックアウトの時に釣り銭を誤魔化すようなことをされれば、自分はこういういい加減なことが大っ嫌いだと思うでしょうし、そうすれば自分の仕事や生活もそういういい加減な要素を排除しようとするかもしれません。

好き嫌いが明確になれば、好きなものを追求出来ますし、嫌いなものから距離を置くというのもありだと思います。そうやって自分の感覚を浮き彫りにして、それに従って自分の行く末を決めて行けるのは大事なことです。

たくさんの失敗

旅をすればたくさん失敗します。何せ言葉がうまく通じないわけですから、コミュニケーションでも失敗しますし、予約したはずの宿が予約出来ていなかったり、乗るはずのバスに乗れなかったり、なかなかうまくいきません。でもそれで良いのです。何かにチャレンジしなければ失敗はしませんので、少なくとも失敗しているということは新しいことにチェレンジしているということです。チャレンジはより良い未来、より良い生活のための戦いです。何度か失敗しながら少しづつ前に進んで行くのが人生です。生まれた場所からどれだけ前に進んで行けるのか。失敗しない人生は一か所に留まっているということです。アメリカのコメディアンであるJoe Roganも彼のYoutubeチャンネルで「失敗は人生の中で一番大切なものだ」と語っています。この失敗は自分のためにもなるのですが、次に書く他人への共感へとも繋がると思います。

他人への共感

旅のような未知の世界に足を踏み出すことは大いなるチャレンジですが、こうしてチャレンジする人は、同じようにチャレンジしている人の気持ちが良くわかります。何かにチャレンジして失敗している人は、同じように失敗している人の気持ちが良くわかります。他人の失敗を攻撃している人というのは、自分では何もしない人達です。自分ではやったことが無いので、その後ろにどういう気持ちがあるのかが全く理解出来ていないわけですね。

例えば池袋あたりに沢山いる中国人に対して良い印象を持っていないとします。自分がどこかの国でしばらく住む経験をしてからもう一度日本に帰ってきてこの中国の人達を眺めてみれば、全く違う感情が生まれていることがわかると思います。

最後に

気軽にいくつか旅のメリットを書くつもりが、書いているうちに意外と沢山あることに気がつきました。旅って凄いですね。日本中の人が一度は必ず海外放浪をしたら、日本はもっと良い国になるのではないかとすら思い始めました。それでは良い旅を!

Image by Jan Vašek from Pixabay

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